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学会2世の女が自分を取り戻すためにあれやこれや模索しますよ

学会2世ですが、今は全く活動してません。信じてません。でも罰の思想を未だに引きずってて、心気症気味です。

なぜ病気のことばかり考えているのか

前回からの続き、まだまだ考え続けています。

 

わたしは、絵に描いたような幸せを確かに手に入れたはず。

それが人生の目標だったはず。

どうして、もっと楽しめないのか?

そもそも、私はなんのために生きているのか?

 

○わたしは「病気でないことを証明し続けないといけない」と思い込んでる?

 

わたしが病気になると、母や姉は

「教えから離れたからだ」

と言うだろう。

その隙を与えちゃいけない。

そのためにも、わたしは病気になってはいけない。

体に痛いところがあってはいけない。

体に痛いところがあったら、検査をして命に関わる病気ではないことを確かめないといけない。

 

○いつか試練があって、信仰に目覚めるに違いないというストーリー

 

母は私に小さい頃から教えてきました。

 「貴方にもいつか、信仰を確信するような出来事が起こるよ。それが起これば、信仰が揺るがないものになるよ」

って。

 

もしわたしが病気になって...

わたしの精神が不安的になり、また創価学会にすがってしまうことがあれば。

わたしは、なにも心配することなく愛されていた子供の頃のわたしに戻れるんじゃないか...?

そしてそれは、母の望んでいるストーリーなのかもしれない...

 

でもそれは絶対に嫌なはずなのに

恐れつつも、望んでいる自分がいるのだろうか...?

 

なんかこのへんが、深く関係していそうです

 

さて、今日は4回目のカウンセリングです

 

なにに気づけるだろう。