学会2世の女が自分を取り戻すためにあれやこれや模索しますよ

学会2世ですが、今は全く活動してません。信じてません。でも罰の思想を未だに引きずってて、心気症気味です。

母について

なんだか母のことについて考えることが、すこく大事なことである気がしてきました

 

私の母。

 

だいたいいつもニコニコしていて、声を荒げたことはありません。

 

いつも明るくて、前向き。私は産まれてから、母が愚痴を言ったり弱音を吐くのを一切聞いたことがありません。

 

いつもポジティブで、励ましてくれます。

 

過保護すぎて、過干渉。身の回りのことは言わなくてもほとんどやってくれました。私にとっては、恥ずかしくて情けない話です

 

人の話をちゃんと聞いて、共感してくれます

 

共感したあとで、諭してくれる感じです

 

創価学会のことを抜きで考えると、大好きで優しい母です。

 

今でも、心のどこかですごく頼りにしてしまいます。

 

私が

 

「母の理想の女の子になれなかった」

 

「ありのままの私では母に愛されない」

 

と悲しくなったのも、私が母のことをすごく大事に思って、愛していて甘えたいからです

 

「母は私より創価学会のほうが大事なんだ」

 

と思って寂しくなったのも。

 

私は気が弱くて、気の強い女の子に振り回されがちだったけど母に相談したら守って、応援してくれたし

 

本が好きで、無口で、消極的だった私の個性を大事にしてくれたし(親戚は心配したらしかった)

 

ご飯も、一般的にはちょっとしょっぱいかもしれないけど私は大好き。

 

人間関係がうまくいかなくて、ダメな私だったけど

 

なじるようなことなく、信じてくれていた

 

否定的なことは一切言わなかった

 

子供が産まれてから、母が私に言ってくれたことがあった

 

「あなたは積極的に前に出ることはないけど、やるときにはちゃんとやれるし、頑張れる子なのよ」

 

ああ、そういう風に見ていてくれたのか...

 

じんわりと嬉しかった。

 

私は母に伝えてないことがたくさんあるんじゃないかな

 

今まで育ててくれたこと

 

いつでも信じてくれたこと

 

創価学会を信じてないよ。なんてことは言えないけど

 

それ以外のこと。

 

愛してたこと、愛されたかったこと

 

感謝していること

 

母だって70代だし、死ぬまでにあと何回会える?

 

伝えなくてはいけない気がする。

 

それは子供時代の私を救うことにもなるかもしれない。

 

てか、これ書いてて思ったけど

 

本当の私なんてもう母にバレバレで、もう十分愛されてるんじゃないかな...

 

だとしたら、救われるな