生への執着を手放す。
心気症をどうにかして治したくて、いろんなサイトを読みあさっていたころ。
心気症になる人は、生きたいという欲望が強すぎて執着になってしまっているらしい。
生きたいという欲望を手放すことで心気症が楽になる...というのを読んで
「いやいや、生きたい欲を手放したら死んじゃうやんけ笑」
と思ったのですが。
この宇宙は偶然できた水たまりみたいなもので、
生命はその水たまりに偶然できた泡。
ふっと現れ、ふっと消えていく。ただそれだけ...
私たちも自然に産まれ、自然に消えていく
ただそれだけ。
なんだか諸行無常というか、悟りを開いているようなイメージですけど
瞑想の中でこのイメージを染み込ませていくといいらしいんですが
そんなふうに悟れたらいいんですけど
「今だけはお願いします、今大病にかかるのだけは勘弁です」
って思っちゃう。
だって子供の成長が見たい。
5歳の息子がどんどんひらがな書いてると嬉しいし、もっとこれからいろんなことできるようになるんだろう。それを一緒に喜びたい。
1歳の娘がこれからどんどん言葉を覚えていくんだと思うと楽しみで仕方がない。
この子が小学生になったら、幼稚園に上がったら...なんて自然に考える。
それはもちろん、私も生きていて健康なこと前提で。
大病になったら、その当たり前の楽しみがなくなってしまう...
そんな悲しいこと絶対に起こってほしくない。
小さい子供のいるお母さんが病気になる、死んでしまう...
私の中では、もう最高に悲しくてあってはならないこと。
でも現実、いるじゃない。
小林麻央さんのニュースには怖くて触れられません。
どうしてあんなに聡明で献身的ないいお母さんが!?
子供も小さくて可愛らしい。
まだまだお母さんが絶対に必要な年齢だ...
神様どうして!?どうしてこんな人に重たい試練を課すの!?
そしてなぜか、自分にもそれが降りかかってきそうな気がしてしまう。
こんな素敵な人がなってしまうんだもん、こんな私がならないほうがおかしいのでは...
こういう思考もおかしいと思うんだけどねσ^_^;
とにかく、今だけはやめてって思うんです。
私も、50代とか60代になればだんだんと死の覚悟ができてくるんだろうか?
子供が大きくなって、手が離れれば
「もういっか。死ぬなら死ぬで」
って思えるんだろうか?
若いと、私が恐れている病気の進行が早い。
そしてそのニュースは悲劇や美談としてメディアで報じられやすい。から、強く印象に残ってしまう。
早くこの時期を病気せずに切り抜けたい。
こんな私には、今生への執着を手放すのは無理だ笑
だって生きたい。