学会2世の女が自分を取り戻すためにあれやこれや模索しますよ

学会2世ですが、今は全く活動してません。信じてません。でも罰の思想を未だに引きずってて、心気症気味です。

創価学会の家に産まれて考えたこと

宗教一家に産まれて、独特の思想を受け付けられそうになって家を出た私ですが

10代のころは特に

「なんで私はこんな家に産まれちゃったんだろう」

「こんな宗教一家に産まれたくなかった、うちが普通の家だったらよかったのに」

「宗教のせいで罰が怖くなったし余計に臆病になった」

とか思って、運命を恨んでました。

でも、それってすごい楽チンでずるいんですよね。

他のせいにしていれば、自分は変わらなくて済むから。

それだと、先に進まないでずっと愚痴っていればいいから。


同じ創価学会の家に産まれても、親に反抗してしっかり意見を言える人もいるし

家とは縁を切って、前を向いて生きている人もいる

私が臆病で神経質で、言いたいことが言えないのは

持って生まれた性質で、創価学会の家に産まれなくともきっとそうだった。

創価学会のせいで強化された面もあるでしょうが

そんなことを言ってももうどーしよーもないんです。

もう産まれちゃったもんはしょーがない。

それを受け入れて、そっからどうするかなんです。

いろいろ文句ばかりでしたが、私は宗教以外の面では母が大好きです。

小さいころから優しく、嫌な顔ひとつせずかまってくれた

ひどいことを言われたことなんてありません。

いつも優しく、過保護なくらいだったけど...

父も偏屈だけど、味があって好き。

姉もパワフルで、面白い。

死んでしまったおばあちゃんとおじいちゃんも、大好きでした。

こんなわたしを一生懸命育ててくれて、愛してくれて

それだけで、もう十分幸せなんです。

私と彼らは、信じるものが違った。

私の心の弱さは、自分で乗り越えていくしかない。

病気を必要以上に怖がってしまうのは、植え付けられた罰の思想がだいぶ響いていると思うんだけど

それが私なんだから、仕方がない。

良いことも悪いことも、積み重なって私を私にした。

辛いことだってしんどいことだって、私を今の私らしくしてくれた。

これからの人生、また起こることを自分の血肉にしていくしかない。

どう生きるのがしわあせなのか。

自分は何をして生きていきたいのか。

まだまだ未熟者なので、模索中なのだけれど。

せっかく産まれてきたのだから、魂を磨いて

あの世に行ったときに、悪くない人生だったなーって言えたらいいな。