学会2世の女が自分を取り戻すためにあれやこれや模索しますよ

学会2世ですが、今は全く活動してません。信じてません。でも罰の思想を未だに引きずってて、心気症気味です。

怖がりながらも

やっぱり細かく点検すると、小さなあざが手や足にポツポツとあってショックを受けている私です。

 

関節の痛みもあり、やっぱり膠原病なのかと落ち込んだり。

 

でも最近の私は結構元気にやっています。

 

部屋を綺麗に整理し片付ける。

美味しいご飯を作る。

子供と自分も楽しみながら遊ぶ。

綺麗な下着をつけ、体のラインが出やすい服を着る。

主人とよくくっついてスキンシップをとる。

感謝の言葉をすぐ口にする。

 

運命が決まっているのなら、今はまだなにも起きていない(すぐにどうにかなるわけじゃない、様子見の段階)わけだし

考えてもなんの解決にもならないし、今できることをするしかない。

 

病気になったとしても、私が私であることは誰も奪えない。

心のありようは自由だ。

だったらもっとパワフルに。

輝かせたほうがいい。

 

こんなふうに考えるようになったのは、あるきっかけがあったからなんですけど

ちょっと自分でもどうなんだろうと思うようなきっかけだったので...

また話せる時に。

君の名は。感想1 アンドロギュヌスと半身

君の名は。をDVDで借りて見ましたよおおおおお!!!!!

 

ネタバレしています。

 

見た前提の話をしていきます。

 

 

 

 

 

 

まず思ったのは...

運命論すごいな、と。

三つ葉と滝くんはなんでだかわかんないけどお互いに結ばれることが運命づけられていて、三つ葉の死によって一度は引き裂かれるんだけど2人でめちゃくちゃ頑張って未来を変えて最終的にはハッピーエンドという話なんだなぁと思いました。

 

三つ葉の半身は滝くん。滝くんの半身は三つ葉。

お互いに無くした半身を取り戻そうとする、その熱量だけで一気に最後まで突き進むお話なんだなぁと。

 

欠けた半身を取り戻す、というのは神話に基づいているそうです。

 

以下wikiから引用

 

両性具有の逸話として、プラトンの『饗宴』の中でアリストパネスが語ったとされる演説がある。この中でアリストパネスは、かつて男と女の他に「男女(おめ)」と称された両性具有者がおり、いずれも手足が4本ずつ、顔と性器も2つずつあったと説いた。ところが、ゼウスによってそれらを両断したため、手足が2本ずつ、顔と性器が1つずつの2人の「半身」となり、それぞれが残された半身に憧れて結合しようと求め合った。そして元々男女だった男と女が互いの半身、すなわち男は女を、女は男を求める事になった。それが男女の愛であると説いた。

 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/両性具有

 

なるほどなるほど。

男と女は昔は1つの生き物だったんだね。それが神様によって引き裂かれてしまったんだね。そして欠けた半身を探し求めるのが男女の愛なんだね。

 

これはとてもロマンチックですよ。

この世のどこかに、欠けた私の半身がいる。

どこで何をしているんだろう?どんな人なんだろう?いつか出会えるのかな...出会えたらわかるのかな...?

 

10代だったら素直にそう思っていた。

 

でもね、こちとら心が汚れちまったアラサーですからよ。

そう素直にストンとは腑に落ちないんですわ。

 

まず、両性具有ちゅう前提からしてわからん。

男と女は昔はひとつだった?

いやいや人間たった1人で生まれてきてたった1人で死んでゆくんだよ。

魂はそれぞれ別個の単体であるのが当たり前と思ってる私。昔はセットだったなんてイメージしにくいんですわ。

 

この世の全ての人に半身という特別な存在があるのであれば。

例えば若くして命を落としてしまった魂は?

その魂にも半身があるんでしょ?

その半身は一生運命の人に出会えないじゃないか。

 

そして半身に出会えなければそれは運命の恋じゃないってことなの?

所詮は運命とは違う仮初めの恋?

それは違うでしょと思うんです。

 

運命の恋だと思っても、ずっと一緒にいればお互いの悪いところが目についてしまったり

思いやりを持てなくなったり、ケンカしてしまったり。

気持ちが冷めてしまったり、他の人に気持ちが向いてしまったり。

いくらでもあると思うんです。

 

人生のパートナーと一生添い遂げるには、運命は必要なくてひとえにお互いの理解と忍耐と優しさが必要だと思うんです。

 

私が言いたいのは、

半身なんてないよ。

所詮は他人だから。

他人とは分かり合えない。

それでも2人で生きるんだから、工夫をしていかないといけないんだよ。って現実的なところ。

 

その現実的なところをすっとばして、

三つ葉の半身は滝くんなの!

滝くんの半身は三つ葉なの!

だって運命でそう決まってるの!!

で最後まで突っ走るのが多分違和感なんだなぁと思います。

 

三つ葉と滝くんはお互いに入れ替わってるけど、直接会話して理解を深め合ったわけではないし

お互いどうやって惚れていったんだろう...?

てとこがよくわからないんですよね。

メールも日記も交流していたけど、お互いにガツガツ文句言ってたし軽いノリだったからねぇ。

特に三つ葉が滝くんに惚れた理由がよくわからない。

滝くんが三つ葉に惚れるのはわかるんですよ。

女子力高いし優しいし、よくできた女の子だから。

あとおっぱいきれいだし、あんなに胸揉んでたらもう性欲すごい高校生なんてもう惚れるだろ(適当

 

ただ...三つ葉ってどのタイミングで滝くんに惚れてた?

????????????

滝くんに何か惚れる要素あった??????

おっぱいは揉みまくるわ、田舎だって馬鹿にするわ、男らしく振舞って周りを翻弄するわで結構勝手な奴じゃなかったか?

それに...そんなにイケメンか...?

誰か教えてもらえませんか?本当に。

 

あとよくわからないのが、三つ葉はなんで滝くんが奥村先輩とデートする日に会いに行ったのか。てこと。

あの時にはもう好きだったんだよね。

だからデート現場に行けばすぐ見つけられるのにわざとはずして自宅周辺や電車を探してる。

 そして滝くんに「誰?」って言われてショックで髪を切っている。

でもなんでわざわざデートする日に行くかな...

結果が気になったのもあったのかな。

奥村先輩とうまくいってたら、友人として気持ちを隠して応援するつもりだったんだろうか。

このへんの乙女心よくわからないんです。

 

人と人が理解し合うのってものすごく大変なことじゃないですか。

この過程が描かれてないのがちょっと、現実的なアラサーおばさんにはハマらなかったのかもしれないっすね。

 

滝くんのバックグラウンドがもうちょっと描かせていればよかったかもしれないね。

父子家庭ではあるけど、お母さんがどうなったのかはわからなかった。

何不自由ない、東京の生活を楽しんでる普通の男の子だったから...

 

滝くんの心の悲しみみたいなものに三つ葉が気付くとかあれば、滝くんのこと好きになる説得力が増したかな。

 

滝くんのほうにその描写はあるけどね。巫女の仕事、大変だなとか...特殊な家に生まれて難儀だなって同情はしてたと思うよ。 

 

 

とりあえず私が言いたかったのは、半身なんてねーよ。

ただ人は理解者を求める。愛を求める。

どーしよーもなく孤独で寂しい生き物で、だから悩ましいし難しいけど生きて行くしかないんだぜ。ってことなんでした。

 

長文になってごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好きな神話のモチーフ2

前回からの続きです。

 

◯食べ物を分けて与えることは、魂を分け与えることと同義

 

これ印象的なのが千と千尋の神隠しで、ハクが千尋におにぎりをあげるシーンですね。

あれはハクの魂を半分分け与えてもらってるんです。

それまでベソベソして自信のなかった千尋が、おにぎり食べながら思い切り泣いてからは少しずつ湯屋の仕事に向き合っていきます。

大切なシーンだから尺も長いしすごく丁寧に描かれてますよね。

それだけたくさんの人の胸を打ち、魅了するシーンなわけです。

 

ラピュタでも、パズーがシータにパンと目玉焼きをあげますよね。

2人はこれから運命共同体だよってシーン。言葉で言うより、わからせてしまう。

 

もののけ姫では、サンとアシタカの出会いのシーンからいきなりこれですね。

干し肉を噛んで分け与える。

アシタカの中でサンは消えない存在になる。

 

君の名は。だと口噛み酒は三つ葉の半分なわけだし、三つ葉の魂を半分もらって滝くんは入れ替わりの資格を手に入れる。

 

単純なところではももたろうがきびだんごをあげるよね。でも小さい頃思ってた。きびだんご一つでついていかなくない?って笑笑

割りに合わないよね、鬼退治大変だし。死ぬかも知れないし

でもそういう話じゃないんだよね、俺の魂を分け与えるからついてこいって話なの。

 

こうしてみると、一緒にご飯を食べるってすごく大切なことなのね...

 

◯神話や童話の中で禁止されたことは絶対に破られる

 

玉手箱は開けられちゃうし

パンドラの箱は開けられちゃうし

機織りしてるとこは見るなって言われたのに見ちゃうし

振り返るなって言われたのに振り返っちゃうし

家に帰ってあけろって言われたつづらを途中で開けちゃうし

 

もうね、人間我慢ができないのね笑

禁断の恋が流行るのも仕方がないな...

 

もっともっと好きなモチーフがでてきたら書きます〜❤️

 

 

 

好きな神話のモチーフ1

物語を読んでいると、神話や童話のモチーフによく出くわします。

 

私が好きなモチーフを箇条書きで書き連ねてみますね。

 

君の名は。のネタバレしたくない人は回れ右ですよ。

 

 

◯トンネルのモチーフ

 

物語にトンネルが出てくると、トンネルのこちら側とあちら側では世界が変わってしまうという意味を持っています。

トンネルは産道のイメージ。

トンネルを抜けると生まれ変わる、今までとは違う自分になるという意味も。

またトンネルを抜けている最中は生まれ変わる前の試練ととることもできます。

 

印象的なのは崖の上のポニョの後半に出てくるトンネルですね。

あのトンネルを抜けると明らかに死後の世界になってますね(足の悪いはずのおばあちゃんたちが走り回っている)

生まれ直すということは一度死ぬということなので、トンネルに入る前ポニョは本能的に嫌がっています。

 

トトロでは、メイがまず低木のトンネルを抜けさらにご神木の根っこのウロ(産道のよう)に落っこちた先にトトロのいる異界がありました。

 

◯この世から異界に渡るときは、「川」「海」「橋」「トンネル」を変えていく。これらは二つの世界を隔てている

 

浦島太郎なんてモロですね。

 

千と千尋なんかは、最初に親子3人でトンネルを通り、次に川を越え最後に千尋1人で橋を渡っています。

これでもか、の畳み掛け!湯屋がこの世からかけ離れた特別な場所だということを人の深層心理に訴えかけわからせてしまう。

君の名は。もそうです。

隠り世に行くとき、三つ葉と四つ葉、一葉おばあちゃんは川を越えていますね。

このとき四つ葉は石の上を跳ねて川を渡り、三つ葉は石の上を渡るおばあちゃんを支えるため川の水に足をつけて 渡っていった。

滝くんもこの川を渡るとき靴をざぶざぶと川の水につけて歩いていきましたね。

なんか示唆的な気がするんです...けど、うまく言えないっす

 

◯この世と異界の境界を超えやすいのは「女」「子供」「二つの生物がくっついたもの」「両生類」「老人」「まっすぐ歩けないもの」

 

トトロなんかでは、境界を超えちゃうメイとさつきは「女」であり「子供」だし

ポニョは「女」だし「子供」だし「半魚人」

ポニョのモチーフになっている人魚姫もそうだね。

浦島太郎では異界への案内人は亀。浜辺にも行けるし海でも泳げるから腑に落ちるね。

あと童話によく登場するカエル。「カエルの王子様」では池のカエルがお姫様を追いかけてお城までやってきちゃう。

 

あと私が面白いなぁと思うのは「まっすぐ歩けないもの」

どうしてまっすぐ歩けないと境界を超えやすいのか?納得できる説明はないんだけど、代表としてはカニ。

「眠り姫」では冒頭にカニがでてきて「お妃様に女の子の赤ちゃんが産まれますよ」って予言する。

そこから異界が始まっていたのかな。

ポニョではフジモトがカニ避けの結界を張っている。カニは境界を超えやすいから警戒していたのかな。結局ポニョのせいで破られて、カニの大群が押し寄せてるけど笑

 

◯異界では異界のものを口にすると異界の存在になってしまう

 

千と千尋が一番わかりやすいんですけど、千尋のご両親は異界で異界の食べ物を口にし(しかも神様の食べ物を勝手に)人間の姿を失い豚の姿になってしまう。

千尋はハクに「このままでは消えてしまう。これを食べなさい」と謎の丸い玉をもらう。

姿が消えかけていた千尋は、異界の丸い玉を食べるとことにより異界の存在になり消えなくて済む。

これってハクが魔法使いだから千尋に不思議な丸い玉くれたんでしょ〜?って理解してる人かま多いかもしれんけど、

本質は異界のもの食べないと元の世界の存在のままたまから食べなさいってことなんだよね。

そういう神話いっぱいあるから、論理的に説明されなくても「なんとなく」伝わってしまう。

宮崎駿監督は本当にすごいです...

集合的無意識、人の原始的な意識を信じている...

 

ヘンゼルとグレーテルでは、森深くのお菓子の家という異界で異界のお菓子を口にし、魔女に囚われてしまう。

 

三枚のおふだでは、山に迷い込んだ小僧さんにおにばばあが美味しい夕食をふるまい、食べようとする。

 

異界に入ったら、食べ物に注意!ですね!

 

まだまだ好きなモチーフあるんで続きます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物語が大好き。神話の勉強もしたい。

私は幼児の頃から本の虫でした。

とにかく片っ端から家にある本を読み尽くした。小学生になると、大人が読む本でも手当たり次第に貪った。

好きなことをしていい、と言われるとまず本屋か図書館に行く。

空想の世界に浸るのが何よりも楽しみ。

 

物語が大好きな私は大人になるにつれ、ただ物語の世界に浸るだけでは飽き足らず

どうしてこの物語を面白く感じるのか?という分析に腐心するようになった。

物語は人の心。

心理学を少しかじると、途端に物語が面白く感じるようになる。

あぁ、だからこの主人公はこうなんだ...

とか

こういう家庭で育った子だからこういうふうに考えちゃうんだね...とか。

よくキャラクターが作り込まれたお話は、そういう意味でも「人間」が描かれていて物語の厚みが増す。

 

また、こんなことにも気がついた。

多くの人の心を掴む物語には、下敷きにしている別の物語がある。

下敷きにはしていなくても、共通するモチーフが登場したり引用されたセリフが入っていたり。

その「元になった物語」を読み込むと、もっと深く作品を楽しめたりする。

エヴァンゲリオンなら聖書だし、

千と千尋の神隠しやポニョには日本や西欧の神話のエッセンスが盛りだくさんだし、

君の名は。もそうだね、日本神話がふんだんに盛り込まれてますよね。

 

...とここまできて、「あれ?神話ってだいぶすごいんじゃね?」と考え出す。

何千何も前から語り継がれてきて消えない神話。

きっと人の深層心理に響くからこそ、廃れないで何千年も人の心を打ち続けるんだよね。

だから神話を元にしたお話はたくさんの人の心を掴むし、ヒットする...

 

とここまで考えて、神話を勉強すれば物語がもっと楽しめるんじゃない!?と思うようになった。

物語は人の心だから。

集合的無意識というのがもしあるのなら、それに近い物語に触れたい。

古くから語り継がれる人の心を知りたい。

次回は神話や童話の好きなモチーフについて書こうかな〜♪

 

 

 

経過観察

血液検査と尿検査の結果、年末にまた検査して経過観察していくことになりました。

 

白に近いけどグレーっちゃグレーなので念のためみていくって感じです。

 

少し凹むけど、考えてもどうにもならない!

 

私がどうこうできることじゃないので。

 

毎日の生活を少しでも楽しくすることを考えます。

 

ママ友と遊ぶとすごく気が紛れて、ああ私孤独でとっても寂しいんだと気付かされます。

 

人と繋がりたい。喋りたい。

 

私になにかできることを探したい。

 

自分の中にこんな想いがあることに気づきました。

赤十字病院ってすごいなぁー

うちの区の保健師さんに電話してみました。

 

いつも話を聞いてくれて、症状からちゃんと病院に行ったほうがいいか様子を見たほうがいいかアドバイスをしてくれる人。

 

今回のことは、皮膚に症状がでていること

複数個、繰り返しであることが気になるので今は様子をみてもいい時期だけどこれが続くのであれば検査をしたほうがいいねということ。

 

赤十字病院は予約が取りづらいので、念のため予約しておいて心のお守りみたくしてみては。とのこと。

 

なにもなければ、キャンセルしてもいいわけだし。

 

そして不正出血?かな?という茶オリについては「生理11日目くらいだったら残りがでてくることはザラにある。続かないで止まっているなら安心していい」とのこと。

 

相談してよかった。

 

自分のことを気にしてくれて、心配してくれる人がいるというのが涙が出るくらい心強くて安心してしまう。

 

よし、予約してみよう...と赤十字に電話してみたら...

 

予約は9月18日になっちゃいます!とのこと!!

 

ぎぇー!!!!

 

そんなら街のお医者さんで1週間血液検査の結果待ったほうが早いやん💧

 

なんとかゴネたら、明日紹介状持ってきてその内容次第でいつ診るか決めると言われました。

 

何時間待つかわからないけど...

 

なんとも落ち着かなくて、そのあと街のお医者さん行く!って近くのお医者さんへ。

 

そしたら...

 

これはうちでも紹介するしかない案件だから日赤さんに素直に行ってください。。だって。。

 

膠原病かも?とか恐ろしい言葉を言われてもっとブルーに。。

 

たまらずまた保健師さんに相談。

 

不安だけど、いつかははっきりさせなきゃいけないことだから。

 

旦那さんにもしっかり伝えて。

 

と励まされて少し落ち着いて昼寝することができた。

 

旦那にLINEしたら、

 

「様子見」

「ただのあざ」

「費用と手間と時間を考えると様子見したほうが絶対にいい」と反対されましたわ。

 

どっちなんだろうね。ほんとに。

 

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